日の丸を思う

2022年10月15日

昨日、ありがたい事に警察庁が管轄する暴力追放センター(警察本部内)より表彰をうけました。

 

 

 

 

 

 

 

そのとき大きな日の丸を前に日本人の血が何かを伝えてきました。

 

日本は、別名大和の国ともいいます。

 

読んで字の如く、大きな和

「仲良くする事は美しき事かな」という言葉もあるように調和の中に美しさを見出す国民性です。

最古の憲法でも和を以て貴しとなすといってるほど骨のづいから優しい思いやりのある国です。

 

そして、おそれおおくも陛下(世界では王様)が、老齢の国民の前に膝を折ってお話しをする世界に類を見ない美しい国。

 

戦後マッカーサーが日本は他の敗戦国とは別であるとし、皇室を強行に残した経緯も今は理解出来ます。

 

おもえば私の父も古い人で、日の丸に対しての忠を必要以上に重んじていたのを子供心に覚えております。

私事ではありますが、私の父も陛下より三ツ重の菊盃を賜っていたのですが、まだ幼く未熟なわたしには、なんでそんなにこだわるのかまったく理解が出来ませんでした。

今日、改めて日の丸を前に考えたとき忠とは誠意の極み、誠意とは、思いやりや優しさ、素直、正直、恩、謙虚(自分の心に)そして自分と云う個に執着せず、幼い心である自我を脱し、他の多くの人たちの幸せや喜びを自分のエネルギー源とする。(公の中で生かされ生きさせて戴いてる感謝の心でもある)とても尊い和の心だったんだなぁと感じました。

ですので、こんな私ですが日の丸を前にした時、先人より譲り受けた想いに頭が深く深く下がり、つなぎの者として次の世代に伝えなければならない役割を強く感じさせられた1日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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